私が90年代に制作した2本の短編映画は数々の国際映画祭に招待され、
2本目の作品『ロベルトのように』は米国で審査員賞、ベルギーで編集賞、サウンドトラック賞、
スウェーデンの映画祭でグランプリを獲得し、米国アカデミー賞ノミネート権までもたらしてくれました。
「これで世界の土俵に立てる」そう考えた私は長編映画制作の実現に向けて奔走しましたが……
日本社会 ≈ 映画界という”目に見えない何か”にうんざりした私は、
21世紀が始まった年に米国に移住、その1年半後に北欧に移住し、
更に6年後にはフランスに拠点を移し、南欧諸国との間を往来しながら生活していました。
2020年以降、欧州社会は感染症対策の名の下にすっかり相貌を変えてしまいました。
私たち夫婦はヨーロッパから去ることを決め、2023年初頭に本帰国しました。
日本の映画界というのは現在のアメリカの自動車産業に似ているように思えます。
国内で量産されそれなりに消費されてはいるものの国外ではまったく受け入れられない……
昨今エンタメやコンテンツと十把一絡げに呼ばれているものと本来の映画とは似て非なるものです。
私にとって映画とはあくまでも芸術であり、作家の見ている異世界を再構築する手段です。
芸術にまで昇華した作品とは国や言語などに関わらず世界中で受け入れられるはずのものです。
日本と映画制作から遠ざかっていた20数年間を間奏曲の流れる長い幕間のようなものであったと考え、
これから国籍、言語、国境、時空、あらゆる境界線を飛び越えていける映画世界を創り上げようと考えています。